礼拝メッセージ(2022年1月9日)
『 今の時を見分けよ 』
 林健一 牧師 
ルカによる福音書 12章:54節~59節

12章 54節:イエスはまた群衆にも言われた。「あなたがたは、雲が西に出るのを見るとすぐに、『にわか雨になる』と言う。実際そのとおりになる。

12章 55節:また、南風が吹いているのを見ると、『暑くなる』と言う。事実そうなる。

12章 56節:偽善者よ、このように空や地の模様を見分けることは知っているのに、どうして今の時を見分けることを知らないのか。」

12章 57節:「あなたがたは、何が正しいかを、どうして自分で判断しないのか。

12章 58節:あなたを訴える人と一緒に役人のところに行くときには、途中でその人と仲直りするように努めなさい。さもないと、その人はあなたを裁判官のもとに連れて行き、裁判官は看守に引き渡し、看守は牢に投げ込む。

12章 59節:言っておくが、最後の一レプトンを返すまで、決してそこから出ることはできない。」

ルカによる福音書 12章:54節~59節(新共同訳)

 

 本日、ご一緒にお読みしたこの箇所は12章の総まとめともいうべきところです。そしてイエスさまが最も私たちに強くお語りになりたいお言葉であります。イエスさま弟子たちに向かって語られていましたが、また群衆に向けてお語りになられます。イエスさまは群衆に向かって神さまとの関係のなかで、今の時をどう生きるべきかをいわれます。神さまの地上あなたがたへの裁きはすでに始まっているのだ。迫りくる神さまの怒りの時を知りなさい。神さまの怒りがあなたに来る前に神さまと和解(平和をつくりだす)しなさいと言われるのです。あなたを訴える者と和解をすることです。

 「今の時」はどんな時か。命を選ぶ時です。命を選びなさい、祝福を選びなさい、とイエスさまは言われるのです。この世的なものでなく時間が過ぎたら失われてしまうはかないものを選ぶのでなく。恵まれた者、赦された者として生きるようにと、イエスさまは望んでおられます。この恵みの時、救いの時を活用しないでこの時をどぶに捨ててしまっているような愚かな人生を歩んではいないでしょうか。であればなんと勿体無いことでしょう。勿体無いどころではありません。取り返しのつかないことを私たちはしてしまっているのです。なぜ、私たちはこの恵みの時を活用できないのでしょうか?

 第一に私たちは自分中心で生きているゆえに神さまの時を知ることができません。私を神さまよりも大きくしている私たちは神さまの世界、時に気づくことができません。

 第二に私たちは高慢さと頑なさのゆえに神さまの恵みの中にへりくだって入ることができません。自分は何でもできる。自分の力で努力して欲しいものを手に入れることができると豪語しているのです。

 第三に私たちは神さまの恵みのこの時を過小評価しすぎているゆえに神さまの恵みの時のなかにいても恵みに預かることができません。

 祝福の源である神さまの恵みによって生かされているこの今の時、主に信頼することによって最大限に主に仕えて歩むこの今の時、私たちはすばらしいこの時を主の恵みの中で味わうことができるのです。

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