痛みをどうしたら喜びに変えられるのだろう
イエスさまの誕生の出来事、マタイは占星術の学者たちの他にエルサレムの町の人たちがイエスさまの誕生には行かなかったことを記している。イエスさまの生まれたベツレヘムとエルサレムは約10kmの距離だった。成人の足で約2時間ちょっとぐらいだろうか。行けない場所ではなかったのにどうしてエルサレムの人たちは行かなかったのだろうか?距離の近さがその人の関係の近さとなるとは限らない。いくら近くても心が遠く離れていることもある。聖書には人生の中で痛みを感じて神さまのところへ近づく人たちのことが描かれている。虐げられている女性や子どもたち、友から裏切られ絶望にある人、当時ローマ帝国の圧制の下でギリギリの生活を強いられていた人たち。そういう人たちがイエスさまのところへ行ったのだ。痛みが彼らを神さまに向かわせた。イエスさまは彼らの痛みを受けとめて、彼らのそれぞれの痛みを癒された。自分で癒すことができない人たちがイエスさまのところへ行くしかなかった。私たちはどうだろう?まだ、まだ自分で痛みを治せると、神さまのもとへ行く必要はない。ほんとそう?あなたがいま抱えている心と肉体の痛み、人生の痛みはあなたをどれほど苦しめているか。あなたの痛みを癒し、喜びに変えてくださるお方はすぐあなたの目の前にいるのだ。