礼拝メッセージ(2026年4月12日)「主を見上げ、共に祈る」コロサイの信徒への手紙1章9~23節

互いに祈り合う

先月の定期総会で、2026年度の太田教会の主題と主題聖句、主題讃美歌が選ばれました。他にも8つの候補を挙げてくださったことにも感謝しながら、一年間、この主題を心に留めながら、共に歩んでまいりましょう。

主題 「主を見上げ、共に祈る教会」

主題聖句 コロサイの信徒への手紙1章23節

「ただ、揺るぐことなく信仰に踏みとどまり、あなたがたの聞いた福音の希望から離れてはなりません。」

主題讃美歌 新生讃美歌229番「十字架のもとは」

この主題を選定した理由について、このように書いてくださっています。「共に祈り合う教会に励まされてきました。肉の身はおとろえるも内なる思いを強められ、祈り合う生活が続きますように……」。

太田教会では祈祷会を大切に守ってきました。毎週、行うことはできなくなっていますが、それでも集まったときには祈ってほしいことを分かち合い、祈りを合わせています。また、毎週の礼拝の後には、「祈りの時間」を持っています。教会の祈りの課題を覚えながら、互いのことも覚えて共に祈っています。また、「祈りの友」という教会のLINEグループもあり、その時その時に祈ってほしいことを分かち合い、祈り合ってきました。

今日の箇所では、パウロがコロサイの教会の人々のために絶えず祈り、願っていることが語られていました。また、パウロはいくつもの手紙で、自分のために祈ってほしいとリクエストをしていました。

「目を覚まして感謝を込め、ひたすら祈りなさい。同時にわたしたちのためにも祈ってください。神が御言葉のために門を開いてくださり、わたしたちがキリストの秘められた計画を語ることができるように。このために、わたしは牢につながれています。わたしがしかるべく語って、この計画を明らかにできるように祈ってください。」(コロサイの信徒への手紙4章2~3節)

コロサイの人々はパウロの祈りによって励まされていたことでしょう。それと共に、パウロもコロサイの人々の祈りによって励まされてきたのでしょう。祈りによって励まされることを知っていたからこそ、コロサイの人々を励ますように祈り、また自分が大変な時には祈ってもらいたいと願ったのだと思います。

私たちも、祈りによって主に結ばれ、また互いに結び付けられ、励まし合いながら歩んでいく。そのように互いに祈り合う教会であることを大切にしたいと思っています。

闇から光へ移す神様の御業

さて、パウロがコロサイの人々のためにささげた祈りは執り成しの祈りでした。彼はコロサイの人々が神様の御心を十分に悟ることができるように、と祈りました。神様の御心を知ることによって、主に従って歩み、主に喜ばれ、善い業によって実を結び、ますます神を深く知ることを願ったのです。また御心を知ることで、神様から与えられる力によって強められ、どんなことも根気強く耐え忍ぶようになることも願っていました。

それは祈る必要がある事柄でした。コロサイの人々が神様と出会い、神様の御心を知りたいと願うことも、御心を知ることによって歩み方が変わっていくことも、単に人間の努力次第な事柄ではありません。神様との出会いも、御心を教えてくださるのも、神様からの恵みです。コロサイの人々の心が神様へと向き、神様が人々の願い求めに応えてくださることを、パウロは祈ったのです。

続けてパウロはコロサイの人々に、救いの出来事を思い起こさせています。

「御父は、わたしたちを闇の力から救い出して、その愛する御子の支配下に移してくだ さいました。わたしたちは、この御子によって、贖い、すなわち罪の赦しを得ているのです。」(コロサイの信徒への手紙1章13~14節)

私たちはこの世で闇の力に襲われ、捕らわれてしまうことがあります。そこから救い出し、光である御子の下へと移されるのは、私たちが自力でそこから抜け出したからではありません。神様がそこから救い出し、キリストの下へと移してくださったからです。闇から光へと救い出してくださった神様の愛と、私たちを招き、引き上げてくださったイエス・キリストの恵みが、私たちにも注がれていることは、なんと素晴らしいことでしょうか。

そのような神様の御心をイエス様が教えてくださいました。イエス様が先立って歩み、私たちを導いてくださるので、主に従って歩むことも、善い業によって実を結ぶことも、少しずつ知ることができるようになっていきます。そしてまた、神様に信頼し、委ねて苦難をも耐え忍ばれたイエス様がおられるからこそ、私たちも神様を信頼して、忍耐することを教えられるのです。

もちろん、私たちは完全になったわけではありません。パウロも他の手紙で「既に完全な者となっているわけではありません」と言っています(フィリピの信徒への手紙3章12節)。それでも闇の中に捕らえられたままではなく、光であるイエス様によって捕らえられています。そのようにイエス様の下へと移されたときから、私たちには闇の力ばかりではなく、神様からの力が注がれている。それも神様の御業です。

闇の力による命の危機

15~20節は「キリスト賛歌」と呼ばれています。その中で、神様の創造と和解の御業が語られています。すべてのものが御子イエスによって造られ、支えられています。その御子イエスは十字架の血によって平和を打ち立て、すべてのものを神様と和解させられました。つまり、この世の始まりである創造も、この世の目的である和解も、御子イエスによるものだ、と証しされているのです。

しかし私はこのような個所を読むと、心がざわついてきます。神様が御子イエスによって造られたこの世界が、どれほど壊されているのかということを、だんだんと知り、また体感してきたからです。

今、地球環境はいくつもの危機に見舞われていますが、その一つに「生物多様性の喪失」というものがあります。今、絶滅のスピードは急激に加速しています。絶滅した生物や絶滅の危機にある生物には、多くの昆虫も含まれています。しかし私は、動物に比べて昆虫の絶滅というのは、あまり意識したことがありませんでした。

ただ思い返してみると、昆虫が減ったことを感じた体験もありました。私がまだ20代のころ、夜の高速道路を走っていると無数の昆虫にぶつかったために、翌朝には車のフロントが虫の死骸だらけになりました。しかし今は翌日に車の掃除をする必要がなくなりました。空を飛ぶ昆虫がそれだけ少なくなったからなのでしょう。

ドイツの自然保護区で行われた調査では、2016年にトラップにかかった昆虫の量は、27年前の調査と比べて76%も減っていました。それは世界的な傾向で、1970年以降で少なくとも50%の昆虫が失われたと考えられています。昆虫の調査は件数が少ないので、正確なことはわかりませんが、昆虫の数は90%減った可能性さえあるそうです。

昆虫には害虫や伝染病のイメージがあって、いなくなってもいいと思われがちかもしれません。しかし、昆虫も地球の生態系にはなくてはならない存在です。たとえば、植物の87%が受粉を動物に頼っていますが、花粉を運んでいるのはほとんどが昆虫です。昆虫がいなくなると、多くの植物が種や実を作ることができなくなります。世界のある地域ではすでに花粉を運ぶ昆虫がいなくなったために、農家の人々が人工受粉をしないと作物が育たなくなっています。

また、昆虫は多くの生き物の食料になりますので、昆虫が減れば他の動物も減っていきます。肉食の昆虫がいなくなれば、作物を荒らす害虫が増えてしまいます。昆虫の中には落ち葉や朽ち木、動物の死骸や糞を分解するものもいます。そのような昆虫がいなくなれば、植物が使える栄養が減りますし、死骸や糞がいつまでも残ってしまいます。

このような危機を引き起こしたのは紛れもなく人間です。私はこのようなことにも「闇の力」の影響を感じます。御子イエスによる創造と和解に背き、それを破壊しようとする「闇の力」は、私たちの心を襲うだけでなく、神様によって造られた世界そのものを壊すものでもあるのです。

隣人のため、世のためにも祈る

神様が人間を造られたとき、「人が独りでいるのは良くない。彼に合う助ける者を造ろう。」と言われました(創世記2章18節)。人は独りで生きるのではなく、関わり合い、助け合う者として造られたのです。そしてそれは人間同士だけでなく、他の様々な生き物にも、人間は関わり、また助けられながら生きる者とされたのです。

人の罪は様々な関わりを壊してしまいます。神様は主イエスによって私たちと和解し、私たちとの関わりを結び直してくださいました。それと共に主イエスは人間同士の関わりにも和解をもたらそうとしておられます。さらに人と被造物との関係も、神様の和解の対象となっているでしょう。

和解が神様の目的です。闇の力からキリストの光へと移すことは、個人的な出来事に留まらず、神様の大きな目的であるこの世の和解に向けた出来事でもあるのです。福音の希望には、私たちが神様によって救われ、神様と結ばれたということだけでなく、この世が救われ、神様が創られ、与えられた世界の祝福が取り戻されていくこと、壊された関係が回復していくことも含まれています。

だから私たちは、主を見上げ、共に祈るときに、互いのことを覚えて祈ると共に、私たちと関わりのある人たち、出会った隣人たち、またこの世に生きている人たち、そしてこの世に造られた様々な生命のことを覚えて祈りたいと思うのです。

私たちが生かされているのも、教会が建てられているのも、私たちの力によるものではありあせん。神様の愛と恵み、また神様が与えてくださった様々な関わりの中で、私たちは生かされ、教会が建てられている。そのことを感謝しつつ、互いに祈り合い、また隣人のため、世のためにも祈る教会として歩んでまいりましょう。

牧師 杉山望

※このホームページ内の聖句は すべて『聖書 新共同訳』(c)日本聖書協会 から引用しています。

 (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

 (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

参考書籍・サイト

『現代聖書注解 エフェソ、コロサイ、フィレモン』R.P.マーティン、日本基督教団出版局、1995年

『新共同訳 新約聖書略解』山内眞監修、日本基督教団出版局、2000年

『サイレント・アース 昆虫たちの「沈黙の春」』デイヴ・グールソン、NHK出版、2022年

Ted ErskiによるPixabayからの画像