礼拝メッセージ(2024年1月28日)
『 一つになるため 』
石井努 牧師
ヨハネによる福音書 17章:20節~26節

20:ヨハネによる福音書/ 17章 20節
また、彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。

21:ヨハネによる福音書/ 17章 21節
父よ、あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、すべての人を一つにしてください。彼らもわたしたちの内にいるようにしてください。そうすれば、世は、あなたがわたしをお遣わしになったことを、信じるようになります。
22:ヨハネによる福音書/ 17章 22節
あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。
23:ヨハネによる福音書/ 17章 23節
わたしが彼らの内におり、あなたがわたしの内におられるのは、彼らが完全に一つになるためです。こうして、あなたがわたしをお遣わしになったこと、また、わたしを愛しておられたように、彼らをも愛しておられたことを、世が知るようになります。
24:ヨハネによる福音書/ 17章 24節
父よ、わたしに与えてくださった人々を、わたしのいる所に、共におらせてください。それは、天地創造の前からわたしを愛して、与えてくださったわたしの栄光を、彼らに見せるためです。
25:ヨハネによる福音書/ 17章 25節
正しい父よ、世はあなたを知りませんが、わたしはあなたを知っており、この人々はあなたがわたしを遣わされたことを知っています。
26:ヨハネによる福音書/ 17章 26節
わたしは御名を彼らに知らせました。また、これからも知らせます。わたしに対するあなたの愛が彼らの内にあり、わたしも彼らの内にいるようになるためです。」

ヨハネによる福音書 17章:20節~26節(新共同訳聖書)

             

 17章は三つの祈りで構成されています。一つ目は1節から5節の「イエス様自身の祈り」6節から19節の「弟子たちのための祈り」そして今日の20節から26節の「イエス様を信じる者たちのための祈り」と言えます。17章の13節「しかし、今私はみもとに参ります。世にいる間に、これらのことを語るのは、わたしの喜びが彼らの内に満ちあふれるようになるためです。」と祈っています。この時、イエス様は、これからご自分が成さなければならない天の父のご計画「十字架による死」を、覚悟していたのです。わたしはお願いします。「彼らのためだけでなく、彼らの言葉によってわたしを信じる人々のためにも、お願いします。」このように、イエス様の祈りは、ただ弟子たちのための祈りだけでは終わりません。只今お読みいただいたみ言葉のように、わたしたち、弟子たちを通して、み言葉を信じる人々に広がって行きます。


 わたしたちにいる隣人は勿論のこと、あなたが昨日出合った人、また今、出会っている人、これから出会う人、その人たちがここで主イエス・キリストが祈っている人々なのです。わたしたちが証人として働くことによって、この祈りの対象になるのです。わたしたち太田キリスト教会は、lineを使って、共に祈り合っています。また祈祷会の時にも、礼拝の中でも、互いに祈り合っています。それが、どれほどにわたしたちを励まし、主に対する信頼を生んでいるのか測り知れません。 ある牧師がこんなことをおしゃいました。わたしたちの祈りは神に届き、そして神の愛を伴い、まだ見ない人々にも生きた交わりを持つのです。イエス様は10章の中で、16 わたしには、この囲いに入っていないほかの羊もいる。その羊も導かなければならない。その羊もわたしの声を聞き分ける。こうして羊は一人の羊飼いに導かれ、一つの群れとなる。と約束しておられます。しかも、この一つは、ただの一つではありません。「あなたがわたしの内におられ、わたしがあなたの内にいるように、」というように、父である神と子であるイエス様が一つであるように、一つなのです。父と子と聖霊の神によって、イエス様がわたしたちの中にお住まいになるのです。


 わたしたち太田キリスト教会は、もう20年以上も前から、群馬県東部に教会をという祈りによって宣教の卵を頂きました。ここにおられる方々の中にも熱心に祈りを重ねた方もおられるでしょう。祈りが祈りを呼び起こし、イエス様の祈りと共に膨らんでいきました。イエス様ご自身が支えてくださって、祈りが生んだ卵が育って、今日の太田キリスト教会があるのです。主イエス・キリストが望まれるのは、組織的な教会ではなく、わたしたち一人一人がイエス様からいただく神の愛によって一つになることです。わたしたちはこれから育まれる未来に向かって、なお一層、愛による一致を育てていきましょう。