忙しい時間だからこそ

聖書はまず神さまの前に静まって「私こそ神であることを知れ」と語る。自分の限界を知ること。また疲れてしまわないよう。心を失ってしまわないよう。神さまは私たちに人間としての尊厳を失わせないようご自分の前に出ることを願われる。聖書でなぜ神さまが人間に礼拝することを命じておられるのか?それは私たちが人間として生きるためだ。現代はいかに心を失わせ、私を失わせるものが多いことか。神さまの前に静まるとき私たちは人間として自由になることができるのだ。