礼拝メッセージ(2021年9月26日)

『 悪い七つの霊 』  林健一 牧師

「汚れた霊は、人から出て行くと、砂漠をうろつき、休む場所を探すが、見つからない。それで、『出て来たわが家に戻ろう』と言う。

そして、戻ってみると、家は掃除をして、整えられていた。

そこで、出かけて行き、自分よりも悪いほかの七つの霊を連れて来て、中に入り込んで、住み着く。そうなると、その人の後の状態は前よりも悪くなる。」

ルカによる福音書  11章:24~26節(新共同訳)
 
 今日の聖書個所では、イエスさまが一つのたとえ話のようなお話しをなさっています。汚れた霊が、ある人から出ていきました。出て行った悪霊は、「砂漠をうろつき」と書かれていますが、原文では「水のない場所」です。荒れ野とか砂漠です。汚れた霊は砂漠に行ったが休む場所を見つけられなかったというのです。そこで悪霊は、「出てきたわが家に戻ろう」と言います。すると、そのわが家は掃除がしてある上に、整えられていた。片付いていたと言います。

 汚れた霊が出て行った人は一生懸命に整理整頓したのです。しかし、その人の状態を見た悪霊がこれ幸いとばかりに自分よりも悪いほかの七つの霊を連れてきてその人のなかに入ってしまいさらに状態が悪くなってしまった。ここでいう「7」という数字は最高に悪いという意味です。イエスさまはここで何を言おうとされているのでしょうか?

 これと同じ話がマタイによる福音書の12章43~45節にあります。「戻ってみると、空き家になっており、掃除をして、整えられていた」。ここに、ルカにはない言葉が一つあります。「空き家になっており」という言葉です。掃除され、きれいに整えられたこの私たちという家は、空き家なのです。その家が空き家で、誰も住んでいなければ、主人がおらず、家を守る人がいなければ、結局その家はより悪い悪霊に占拠されてしまうのです。

 イエスさまによって悩みや苦しみから救っていただいて、後は自分で自分をきれいに掃除し、整え、自分の力で生きていけると思ったら大間違いなのです。それは、きれいにした家を空き家にしておくのと同じです。その家は結局、より強い悪霊の住処となってしまうのです。大切なことは、自分という家に主イエス・キリストをお迎えすることです。主イエス・キリストに私たちの家の主人となっていただくことです。

 結局のところ、私たちは弱い存在です。ここにでてくる「汚れた霊=ダイモニオン」によって運命、宿命という呪われた言葉、力で支配されてしまう。この力に抗すことができず諦めてしまう、それが私たちの人生だと思う。しかし、イエスさまはそうでない。それらより強い者があなたの内におられる。私たちはこのお方の存在に気づいているでしょうか。