礼拝メッセージ(2022年12月18日)
『 惑わされないように 』 林健一 牧師
ルカによる福音書 21章:5節~9節

21章 05節:ある人たちが、神殿が見事な石と奉納物で飾られていることを話していると、イエスは言われた。

21章 06節:「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」

21章 07節:そこで、彼らはイエスに尋ねた。「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」

21章 08節:イエスは言われた。「惑わされないように気をつけなさい。わたしの名を名乗る者が大勢現れ、『わたしがそれだ』とか、『時が近づいた』とか言うが、ついて行ってはならない。

21章 09節:戦争とか暴動のことを聞いても、おびえてはならない。こういうことがまず起こるに決まっているが、世の終わりはすぐには来ないからである。」

ルカによる福音書 21章:5節~9節(新共同訳)

 今日から新しい主題に入ります。21章5節から終わりまでこの世における終末についてイエスさまが教えを語られています。世にある新興宗教は世の終末に備えるようにとは言って人々を取り込んでいます。聖書も世の終末について語っています。しかし聖書が語る終末とは不安を与えるものではなく神さまがこの世界の歴史を支配されることを私たちに明確に示すものです。また、いかなることが起きても慌てずにしっかりと神さまを信頼して救いを待ち望みつつ落ち着いた生活をしなさいと忠告を与えているのです。


 イエスさまはエルサレム神殿の建物の偉大さに目を奪われている人々にむかってこの神殿の終わりを預言されました。6節「あなたがたはこれらの物に見とれているが、一つの石も崩されずに他の石の上に残ることのない日が来る。」弟子たちは「先生、では、そのことはいつ起こるのですか。また、そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか。」と尋ねました。神さまの礼拝する場所である神殿といえども人間のつくり上げるものには必ず「終わり」があるということ、イエスさまは私たちにこの世のものに執着してはならないことを教えているのです。


  一時的な事柄にふりまわされることは将来に対する見方を誤らせます。弟子たちは「そのことが起こるときには、どんな徴があるのですか」。徴は何でしょう。徴が来たらちゃんと目を覚まします。それまでちょっとほかのことをやらせていただいています。イエスさまがここで私たちにいっていること。そういうことではない!「終わり」というのはそのようにはこない。17章27節と30節でノアの時代・ロトの時代にあったように「その日」が来るまで人々はめとったり嫁いだり食べたり飲んだりしていた。主イエスさま人々は神さまの愛と義に生き、隣人に愛と義を行うことを忘れ自分のことのみに生きている。神の国に生きる者はそうであってはいけないといっているのではないでしょうか。


 教会は真のしるしである「インマヌエル」主が私たちと共におられるイエス・キリストの降誕を待ち望みます。主イエス・キリストの御支配、愛と正義がこの世界に実現されるよう祈る。私たちは真のしるしを畏れつつ来週のクリスマスを迎えましょう。