礼拝メッセージ(2022年10月2日)
『 主の名によって来る王 』
  林健一 牧師 
ルカによる福音書 19章:37節~40節

19章 37節:イエスがオリーブ山の下り坂にさしかかられたとき、弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことで喜び、声高らかに神を賛美し始めた。

19章 38節:「主の名によって来られる方、王に、/祝福があるように。天には平和、/いと高きところには栄光。」

19章 39節:すると、ファリサイ派のある人々が、群衆の中からイエスに向かって、「先生、お弟子たちを叱ってください」と言った。

19章 40節:イエスはお答えになった。「言っておくが、もしこの人たちが黙れば、石が叫びだす。」

ルカによる福音書 19章:37節~40節(新共同訳)

 

 先ほど一緒に読んだ37節以下には、主イエスさまが子ろばに乗ってエルサレムに入られる時に、それを歓迎して神さまを賛美した人々のことが語られています。38節に、「主の名によって来られる方、王に、祝福があるように。天には平和、いと高きところには栄光」という賛美の言葉が記されていますが、それを語ったのは群衆ではありません。37節には、「弟子の群れはこぞって、自分の見たあらゆる奇跡のことを喜び、声高らかに神を賛美し始めた」とあります。この賛美を歌ったのは弟子の群れです。


 つまりルカによる福音書はこのエルサレム入城の場面において、群衆ではなくて弟子たちが賛美を歌い、主イエスさまのエルサレム入城を喜んだことを描いているのです。他の福音書が共通して語っているように、群衆も確かに主イエスさまを喜び迎えたのでしょう。しかしルカはそのことには目もくれず、ただ弟子たちの姿のみを見つめ、語っているのです。ルカは、エルサレムへの主イエスさまの旅路を語りつつ、その主イエスさまに従っていく弟子たちのあり方、つまり信仰者のあり方をずっと語ってきたのです。つまりルカの目は常に主イエスさまに従っていく者たちに向けられているのです。


 「主の名によって来られる方に祝福があるように」というところは、他の福音書と共通しています。ルカはそこに、「王に」を付け加えています。主の名によって来られる方である主イエスさまは、神の民のまことの王であられることが明確に言い表されているのです。主イエスに従う弟子たち、つまり信仰者とは、そのような賛美を歌う者たちなのです。このようにルカは主イエスさまのエルサレム入城の場面において、主イエスさまに従う弟子たちのことを集中して見つめており、そこに、主イエスさまを信じ従って行く信仰者の姿を重ね合わせています。


 主イエスさまに従う信仰者の群れである教会の使命は、まことの主、まことの王を知らない世の人々、群衆の中で、主イエス・キリストによる救いの恵みを与えて下さった神をほめたたえる賛美の声を高らかにあげることであり、31節「主がお入り用なのです」というみ言葉によって召され、招かれた者として私たちも人々に、あなたのまことの主であり王である主イエスさまがあなたを招き、用いて下さることを告げ知らせていくことです。