礼拝メッセージ(2022年7月3日)
『 いつ来るのか? 』
 林健一 牧師 
ルカによる福音書 17章:26節~37節

17章 26節:ノアの時代にあったようなことが、人の子が現れるときにも起こるだろう。

17章 27節:ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていたが、洪水が襲って来て、一人残らず滅ぼしてしまった。

17章 28節:ロトの時代にも同じようなことが起こった。人々は食べたり飲んだり、買ったり売ったり、植えたり建てたりしていたが、

17章 29節:ロトがソドムから出て行ったその日に、火と硫黄が天から降ってきて、一人残らず滅ぼしてしまった。

17章 30節:人の子が現れる日にも、同じことが起こる。

17章 31節:その日には、屋上にいる者は、家の中に家財道具があっても、それを取り出そうとして下に降りてはならない。同じように、畑にいる者も帰ってはならない。

17章 32節:ロトの妻のことを思い出しなさい。

17章 33節:自分の命を生かそうと努める者は、それを失い、それを失う者は、かえって保つのである。

17章 34節:言っておくが、その夜一つの寝室に二人の男が寝ていれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される。

17章 35節:二人の女が一緒に臼をひいていれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される。」

17章 36節:畑に二人の男がいれば、一人は連れて行かれ、他の一人は残される。

17章 37節:そこで弟子たちが、「主よ、それはどこで起こるのですか」と言った。イエスは言われた。「死体のある所には、はげ鷹も集まるものだ。」

ルカによる福音書 17章:26節~37節(新共同訳)

 26節以下には、このキリストの苦しみと死とを見つめつつ、そこに神の国の到来があることを信じ、そしてそれが世の終わりにキリストの再臨によって完成することを待ち望みつつ生きる信仰者の生き方、そこにおいて何を大事にして歩むべきかが教えられています。27節に「ノアが箱舟に入るその日まで、人々は食べたり飲んだり、めとったり嫁いだりしていたが、洪水が襲って来て、一人残らず滅ぼしてしまった」とあります。人の子が現れる時にもそれと同じことが起るというのです。この話は何を語っているのでしょうか。主イエスさまによって既に到来している神の国を信じ、今はまだそれが目に見える現実とはなっていないこの世の現実の中で、主イエス・キリストにおける神のご支配を信仰の目で見つめつつ生きなさい、と主イエスさまは言っておられるのです。


 31節には、「その日には、屋上にいる者は、家の中に家財道具があっても、それを取り出そうとして下に降りてはならない。同じように、畑にいる者も帰ってはならない」とあります。家財道具や自分の大切なものを取りに行くな、ということです。神さまによる救いにあずかること、神の国にひたすら目を向けて前を向いて走って行くのでなく、自分の過去の歩みに捕われて後ろ向きになり、前進することができなくなってしまうことが戒められているのです。それは、神さまの恵みではなくて自分の持っているものによって生きようとすることです。


 「それを失う者は、かえって保つ」(33)。それは主イエス・キリストの十字架の苦しみと死とにおいて神の国が実現していることを信じ、その主イエスさまに従っていくことです。私たちが受け止めるべきことは、神の国の「既に」と「未だ」の緊張関係の中にしっかり留まり、主イエスさまにおいて既に実現している神の国を信仰によって見つめつつ、それがまだ目に見える現実とはなっていない今のこの時代の中で、命を保つ者となるために、一人一人が前を向いてしっかりと歩んでいこう、ということなのです。