礼拝メッセージ(2019年7月28日)

『 生まれる前から 』  ルカによる福音書 1章:34~38節  牧師 林健一

積極的な信仰を持ったマリア
 マリアは御使いガブリエルからのメッセージを受けた出来事の直後、そのころ(その日々の中で)大急ぎで山里ユダの町にあるいとこエリサベトの家へ向かいます。「急いで」(39節)というのは、スピードが速いというよりも、「聞いたら直ちに」という意味で使っている言葉です。ナザレからこの町まで女性の足で歩けば四日はかかりました。それでもマリアは行ったのです。神さまが示して下さること、その印を、急いで出かけて行ってこの目で見る、そういう積極的な姿勢を持つことが、信仰においてはとても大事なことなのです。私たちそれぞれの歩みにおいて、この「急いで行く」ということがどのようなことに当たるのかは、人によって様々でしょう。しかし誰の場合にも求められているのは、積極的に求めていくことです。主イエスさまは「求めなさい、そうすれば与えられる」(マタイ7:7)とおっしゃいました。マリアのように、神様が与えて下さる恵みの印を見ることを積極的に求めていきたいのです。そこには必ず、私たちの思いを超えた恵みが、具体的に示されていくのです。私たちもマリアのように積極的な信仰を求めていきましょう。聖書を読み、祈り、日々の生活のなかで神さまの具体的な恵みの印を求めてまいりましょう。
恵みを分かち合って
 いとこといってもおそらくエリサベツは50歳を超えていたでしょう。またマリアは10代でありましたからおばさんと姪ぐらいだと言っていいような感じもします。マリアは神さまから素晴らしいメッセージを聞きました。素晴らしい出来事を経験した、聴いたならばそれを私たちは一人心に留めておくことができないのではないでしょうか。誰かに聞いてもらいたい。しかし、誰でも良いというわけでない。この喜びを共有できる人でなければならない。同じ神さまの恵みをいただいた者、エリサベトです。私たちも同じです。信仰の喜びは同じ信仰を持つものしか喜びを分かち合うことができません。神さまからいただいた恵みを喜び分かち合う。そこには形式的な挨拶でなくほんとうに主イエスさまにある兄弟姉妹としての出会うことの喜びがほしいと思います。話が合う、合わないからでなく、ただ主イエスさまの恵みと慰めに立ち続ける教会であることに祝福があるのです。どうぞ、マリアとエリサベトのようにここにいる皆さんが主を喜ぶことを共にして下さい。何ものにも勝る喜びを私たちは体験するのです。