礼拝メッセージ(2026年9月20日)「誰にとっての良い知らせ」サムエル記下18章19節~19章1節

それぞれにとっての良い知らせ

自分の息子であるアブサロムに反逆され、エルサレムから逃げ出したダビデは、家臣たちと共にヨルダン川を渡りました。そこで軍を再編し、アブサロム軍を迎え撃つために準備をしました。戦いの地はエフライムの深い森。そこは寄せ集めのアブサロム軍よりも歴戦のダビデ軍にとって有利な土地であり、戦いはダビデ軍の圧勝で終わりました。

この戦いの前、ダビデは軍の指揮官たちに、「アブサロムを手荒に扱わないでくれ」と命じていました。アブサロムに王位を奪われ、命を狙われながらも、ダビデは息子を失いたくないと思ったようです。敵将を討ち取るよりも、生け捕りにする方が難しく、リスクは高くなりますが、ダビデは自軍の兵士たちのことよりも敵となった息子のことを案じていました。

ところが指揮官の一人であったヨアブは戦場でアブサロムを殺害してしまいました。アブサロムは身動きが取れない状態だったので、生け捕りにすることもできましたが、ヨアブは迷うことなくアブサロムを排除しました。ヨアブにとって優先すべきことは、息子に対するダビデの思いではなく、自軍の勝利やダビデの復権だったのかもしれません。

戦いが終わると、祭司の子アヒマアツは王に勝利を伝える伝令に名乗りを上げました。「主が王を敵の手から救ってくださったという良い知らせ」を自分が真っ先にお伝えしたい、その名誉を得たい、という思いだったのでしょう。アヒマアツは足も速かったようなので、伝令としても適任でした。

しかしヨアブはアヒマアツを制して、代わりにクシュ人を伝令に走らせました。アブサロムが殺されたことを知ったダビデが、その怒りと悲しみのはけ口として伝令を殺してしまうのではないか、と心配したからです。ヨアブにとって、祭司の子アヒマアツの命に比べれば、エチオピア系のクシュ人の命は失ってもかまわない軽いものだったのでしょう。

このクシュ人の伝令は、ダビデのもとに到着すると、「王よ、良い知らせをお聞きください」と言って、戦いの勝利と共に、敵となったアブサロムの死を伝えました。不安を覆い隠すように、伝令は「良い知らせ」を伝えてくれるはずだと信じ込もうとしていたダビデにとって、これは悪い知らせだったようです。

戦いに勝利したにもかかわらず、ダビデは身を震わせて泣きました。

「わたしの息子アブサロムよ、わたしがお前に代わって死ねばよかった。」(19章1節)

ダビデやヨアブ、アヒマアツ、クシュ人の伝令がそれぞれに考えていた「良い知らせ」は同じではありませんでした。それぞれが優先するもの、求めていることによって、「良い知らせ」の中身は異なります。誰かにとっての「良い知らせ」が、他の人にとっても「良い知らせ」になるとは限らないのです。

AIの開発は良い知らせ?

同じようなことが、AIの開発でも起こっています。AIの進歩は私たちの想像を超えるペースで加速しており、最近では未解決だった数学の難問をAIが証明したというニュースもありました。AIが人間の知能を超える“シンギュラリティ”が2045年に起こると言われていましたが、もっと早い段階でシンギュラリティに到達する可能性も出てきています。

AIは既に広く使われるようになっています。私も調べものや翻訳ではよく使っています。そのまま鵜呑みにすることはできませんが、調べものにかかる時間は比べようもないほど短くなりましたし、英語のサイトや動画も自動翻訳で内容を十分に理解できるようになりました。そのような点では、AIの進歩は「良い知らせ」にも聞こえます。

しかしAIの開発や活用にはいくつもの問題が生じています。AIが誤った情報を作って拡散したり、フェイク画像やフェイク動画を作ったりして、社会混乱を引き起こしたり、人権を侵害したりすることがあります。AIが労働力不足を補うことに留まらず、雇用を奪うことも予想されています。大量の水の消費など環境問題も引き起こしています。

最近、AIの進歩が進むとより深刻な問題を引き起こすという懸念が広がっています。今月の8日に、AIの研究者であったジェイコブ・コクソン氏が「AIを構築している当事者たちは、AIが2030年末までに人類を滅ぼす可能性があると本気で考えている」と警告し、AI開発大手のトップもそれに同調して開発速度を抑える必要性を呼びかけました。

具体的にはAIが未知のウィルスを生成してパンデミックを引き起こしたり、サイバー攻撃を仕掛けてインフラを攻撃したりすることなどが考えられています。既にAIの思考プロセスは研究者でさえわからないものになっていますが、人間には制御できなくなったAIが暴走し、予期せぬトラブルを引き起こす危険性は高まっています。

それが人類の絶滅とまではならなくても、人間社会に対して深刻な影響を与えることは懸念されます。だからAIの開発スピードを抑えずに競争を続けるということは、多くの人にとって悪い知らせです。それでもトランプ大統領も習近平国家主席も、AIの脅威を否定しています。彼らにとっての「良い知らせ」とは、人類を混乱と危険に陥れたとしても、開発競争に勝利し、世界の覇権を握ることのようです。

イエスの弟子となること

キリスト者にとって、「良い知らせ」とは第一にイエス様が宣べ伝えた「福音」です。イエス様はご自身が宣べ伝えた福音を、弟子たちも宣べ伝えるように命じました。マタイ福音書とマルコ福音書の最後にそれぞれこのように書かれています。

「だから、あなたがたは行って、すべての民をわたしの弟子にしなさい。彼らに父と子と聖霊の名によってバプテスマを授け、あなたがたに命じておいたことをすべて守るように教えなさい。」(マタイによる福音書28章19~20節)

「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。」(マルコによる福音書16章15節)

この福音(良い知らせ)は、誰に向けたものだったのでしょうか。それは支配者・権力者たちにとっての良い知らせではありません。イエス様の福音は、限られた一握りの者たちのための「良い知らせ」ではなく、すべての人・すべての民に向けられた「良い知らせ」です。

「大宣教命令」とも呼ばれるこのイエス様の言葉を受けて、教会は伝道活動を行ってきました。ただここで注目したいのは、イエス様は単にキリスト教への改宗者を増やすことを命じたわけではない、ということです。イエス様が命じたのは、「すべての民をわたしの弟子にしなさい」ということでした。

弟子とは師匠にならって学び、その生き方に倣う人のことです。イエス様が教え、命じられたことをすべて守ることがここでの目的でした。バプテスマを授けることは目的なのではなくて、イエスの弟子として歩むための通過点です。バプテスマがゴールではなく、新たなスタートだと言われるのはそのためです。

クリスチャンになったとしても、警告に耳を閉ざし、人類全体を危機に陥れるような開発を推し進めるようでは、イエスの弟子であるとは言えません。すべての人を愛する神様の愛を現わし、最も小さな一人をも大切にされたイエス様に倣って生きようとする。完全にはできなくても、その方向を目指していく。そんな生き方が広がっていくことこそ、イエス様からたくされた福音を宣べ伝えることです。

すべてのものを新しくするという福音

また、マルコ福音書からは、イエス様の福音の対象が人だけに限らないこともわかります。イエス様はすべての造られたものに福音を宣べ伝えなさいとおっしゃいました。すべての被造物ということは、人間だけでなく、動物も、植物も、目に見えない微生物や菌類も、天と地とその間にあるすべてのものが福音(良い知らせ)の対象だということになります。

もちろんそれは動物にも聖書を読み聞かせなさいということではありません。言葉ではなく行動で伝えるのです。人との関わり方だけでなく、人以外の被造物との関わり方もイエス様の教えに従い、イエス様に倣うものとなっていく。そうすることで主の約束の実現のために主に仕え、祝福と恵みを分かち合っていくのです。

私たちの人生には多くの苦難があり、その苦難の中で聞こえてくる良い知らせに耳を傾けようとしています。また今の世界はほとんどすべての生き物が激変する環境や汚染に苦しめられ、呻いているような状況でもあります。

このような世界でも、すべての人・すべての被造物のために告げられた良い知らせとは、イエス様の十字架と復活です。神様はすべての人・すべての造られたものを愛しておられ、その負わされている苦しみを共に担い、死さえも乗り越えて新たな生命を与えられる。そのために神様がすべてをかけてくださっている。誰も一人ではない。「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」(マタイによる福音書28章19節)という約束が与えられている。それが福音です。

イエス様の福音は、すべてが新しくされるという良い知らせです。罪深く、過ちを繰り返し、大切な関係を損ねてしまう人間が、神様との関係も、隣人との関係も、自分自身との関係も、そして他の生き物や自然との関係も、すべて新しく変えられる。それが今の世界に必要とされていて、すべての人・すべての造られたものに向けられた良い知らせなのではないでしょうか。

ダビデが待ち望んでいた「良い知らせ」は、イエス様の福音とは異なります。自分の子どもを案ずる気持ちはもっともですが、彼は戦いに巻き込まれた両軍の兵士や犠牲者、またその家族のことには心が向いていませんでした。すべての人・すべてのものに向けられ、すべてを新しくされるイエス様の良い知らせに希望をもちつつ、私たちもイエス様の弟子として歩んでまいりましょう。

牧師 杉山望

※このホームページ内の聖句は すべて『聖書 新共同訳』(c)日本聖書協会 から引用しています。

 (c)共同訳聖書実行委員会 Executive Committee of The Common Bible Translation

 (c)日本聖書協会 Japan Bible Society , Tokyo 1987,1988

参考書籍・サイト

木田献一監修『新共同訳 旧約聖書略解』日本キリスト教団出版局、2005年

デイブ・ブックレス『被造物ケアの福音 創世記から黙示録のエコロジー』石原謙治、石原香織訳、いのちのことば社、2024年

Chil VeraによるPixabayからの画像