2026年9月21日 / 最終更新日時 : 2026年9月21日 望杉山 礼拝メッセージ 礼拝メッセージ(2026年9月20日)「誰にとっての良い知らせ」サムエル記下18章19節~19章1節 立場の違いで変わる人間の「良い知らせ」に対し、イエス・キリストの福音は限られた者だけでなく、あらゆる人やすべての被造物に向けられた「全き良い知らせ」です。現代の技術革新や危機の中でも、主は私たちの苦しみを担い、世の終わりまで共にいて、全てを新しくされると約束されています。ただ教勢を広げるのではなく、イエスに倣う弟子として、神と隣人、自然環境との関係を新たに繋ぎ直す歩みへと招かれています。
2026年9月14日 / 最終更新日時 : 2026年9月14日 望杉山 礼拝メッセージ 礼拝メッセージ(2026年9月13日)「人の手にはなく、神の手にあること」サムエル記下16章5~14節 息子アブサロムの反逆によりエルサレムを追われたダビデは、逃亡の途上でシムイから激しい呪いの言葉を浴びせられます。人間の自己正当化や恨みを超え、ダビデはこの苦難を自らの過ちを省みる機会としました。同時に彼は、自分の力ではどうにもならない窮地にあっても「神の御手の中に希望がある」と信じ、過度に悲観せず主の恵みを待ち望みました。苦難の中で悔い改めと主に主権を委ねる信仰の姿勢が示されています。
2026年9月7日 / 最終更新日時 : 2026年9月7日 望杉山 礼拝メッセージ 礼拝メッセージ(2026年9月6日)「悔い改めへと導かれる」サムエル記下12章1~15節前半 ダビデは権力の中で過ちを重ね、部下ウリヤの妻を奪い、隠蔽のために彼を死に追いやりました。預言者ナタンの告発により罪を認めましたが、犠牲は消えません。この物語は、過ちを放置すれば被害が広がること、悔い改めへ導く神の働き、そして特に大きな力を持つ者が方向転換する重要性を私たちに問いかけています。
2026年7月21日 / 最終更新日時 : 2026年7月21日 望杉山 礼拝メッセージ 礼拝メッセージ(2026年7月19日)「失敗も見守る」サムエル記上8章1~22節 イスラエルの人々は不安から神を退け、王を求めました。神はその選択が失敗につながると警告しつつも、人々の声に従い、忍耐強く彼らと共に歩まれました。神は人を強制せず、向きを変えるのを待ち続けるお方です。私たちが誤った道に進む時も、見放さず導こうとしてくださる神の愛と忍耐に感謝し、応答して歩みたいと思います。
2026年7月13日 / 最終更新日時 : 2026年7月13日 望杉山 礼拝メッセージ 礼拝メッセージ(2026年7月12日)「聞いて従う」サムエル記上3章1~18節 神の言葉が稀にしか聞こえなかった時代、少年サムエルは「どうぞお話ください。僕は聞いております」と主の呼びかけに応答しました。聖書が語る「聞く」とは、単に耳にするだけでなく、主の御心を受け止めて従う姿勢を意味します。私たちは周囲との関わりや助け合いの中でこそ神の言葉を聴くことができます。人間中心的な現代において、時には厳しい戒めの言葉をも重く受け止め、神と隣人を愛する歩みへと導くメッセージです。
2026年7月6日 / 最終更新日時 : 2026年7月6日 望杉山 礼拝メッセージ 礼拝メッセージ(2026年7月5日)「引き上げる神」サムエル記上 1章1~20節 不妊により家庭内で虐げられ、社会的地位を失っていたハンナは、深い悩みと苦しみの中で主に心からの祈りを注ぎ出します。神はその願いに応えて息子サムエルを授け、彼女を引き上げられました。神は悩み苦しむ人の祈りを受け止め、虐げられた者を高めて敵対する関係性を新たに作り変えてくださいます。神が成し遂げようとされるのは征服や支配ではなく、共に生きる道を開く「和解」であることを伝えるメッセージです。